セントバーナード写真とピンボケ親爺のブログ

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雑種セントバーナードと呼ぶ根拠

私は、20年以上前から【雑交配】という言葉を引用し多用している。
その意味は、1970年代日本のセントバーナード全盛期時代日本は、イギリスセントバーナードがほとんどであった。
その為セントバーナードの原産国は、イギリスであると言われていた。他方一分の有識者の間では、辞典や、図鑑では、原産国は、スイスと記述されているのに何故かという疑念が理由が分からないまま常に語られていた。
既に私は、純粋セントバーナードの血液は、イギリスセントバーナードとスイス/アメリカセントバーナードの2種類が存在すると紹介している。
1878年イギリスセントバーナードクラブが設立されスタンダードが世界初のセントバーナード犬種スタンダードとして制定された。
又イギリスがセントバーナードと言う犬種名を最初に公認名称として冠した最初の国でもあった。
歴史的には、1863年ころスイスから輸入され続けていたセントバーナード寺院やその麓で飼育されていたバリードッグ(valley dogs)とニュウファンドランド犬種との交雑長毛犬を好んで輸入して人気が非常に高く英国国犬であるイングリシュマスチーフの改良のために大きな貢献を果たした。
その結果派生的に作出されたマスチーフの顔貌を持った面長なブレイズの広くないシャドウ部分の多い且シワの多い顔と体型的には、背丈の割には、幅の狭い前胸の乏しいヤヤ胴の長い体形で後躯の飛節の角度(アンギュレイション)のヤヤ深い犬が標準的なイギリスセントバーナードとして理解された。
スイスセントバーナードに関しては、1760年代にセントバーナード寺院の日誌に麓から連れてこられた犬2頭(モロシア犬ショートヘアー)という記述が度々見られるので少なくともその頃までには、寺院に存在していたという事実が窺がわれ峠越えの旅人の避難所或いは休憩地点しても寺院がホスピスとして利用されていたこともあった。
その避難所の旅人たちを襲った盗賊たちから守る意味で麓から農耕用の襲撃性の強い犬である犬を飼育していた。
寺院で神への敬虔・忠実な修道僧に育まれ慈愛と愛に満ちた飼育生活により襲撃性の強い
麓の農耕犬が従順な温和な性格へと変化し続け現在のセントバーナードと性格的には、変化をしていったのである。
そもそも英国には、1820年頃からイギリスの貿易商によりセントバーナード寺院で飼育されていた大きな温厚な犬としてイギリス本国に持ち込まれHoly dog (聖なる犬)として珍重され1830年代ニュウファンとの異種交配後長毛の犬が出現するやイギリスでの人気に一層拍車をかけ1860年代には、セントバーナード寺院犬として名前も定着していった。
1882年スイスケンネルクラブが創設され1884年にスイスセントバーナードの犬種
標準が作成された。
1887年セントバーナードを犬種として受け入れている主要6カ国(アメリカ、ベルギ、ノルエー、スエーデン、ドイツ、イタリア)がスイスに集まり原産国スイスのスタンダードをもって国際的なセントバーナード犬種標準と定め以後FCIに加盟(1993年以降)した国はFCIの犬種標準に変更したがアメリカは、未だにスイススタンダードを犬種基準にしている唯一の国である。
以上歴史的な背景からセントバーナード犬種には、呼び名は、同一でも発生史的な背景が全く異なる犬種がイギリスセントバーナード犬種とスイス/アメリカセントバーナード犬種として存在し
【雑種・MIX】とは,一般的に異犬種同士の掛け合わせ、血統・血液の異なる犬種の掛け合わせであると定義するのが許されるなら
当犬舎(ファミリー)以外の在来セントバーナードは、歴史的には、戦後イギリスから輸入されたセントバーナードが基本ベースなので1970年代1980年代にアメリカセントバーナードが優れているとして先駆的な愛好家が多くの成績優秀な犬を輸入したのだが殆どの愛好家は、在来イギリスセントバーナードとの雑交配(雑種)を試みたので優秀なスイスアメリカセントバーナードの血統を引き継ぐ固定には、至らず3世代目の子孫の多くから先祖がえりをして現在では、頭部の発達していないマズルの細い先細りのセントバーナードが業(犬屋、繁殖屋)とする繁殖者により多数作出されいる。
雑種には、スタンダードは、無いし必要もない。
雑種同士の掛け合わせは、どこまで行っても雑種である。
以上これが私やファミリーの皆さんが在来セントバーナードを雑種セントバーナードと称する所以である。
この項を記述するにあたり参考にした文章を下記に紹介する。SBCA(セントバーナードクラブオブアメリカ)のウェブサイト「歴史」に書かれている文章である。


The English had imported hospice dogs since 1820 but had been less conscientious in their breeding practices than the Monks or the dedicated Swiss breeders. Because the English Saint Bernard was noticeably different from the hospice or Swiss valley dogs, the English wrote their own standard in 1887. The English Saint Bernards had been crossed with the English Mastiff and were affected by the pressures of popularity beginning in 1863. Little resemblance to the original hospice type remained. Saint Bernards from both England and Switzerland were being exported around the world, and two different breed types existed with the same name. As a result, there arose a controversy regarding which country had the correct type and was the true breed authority. In 1886, an international congress was called in Brussels to decide the matter, but it was unable to reach a consensus. Another international congress was called the next year, in 1887, in Zurich, and it concluded that the Swiss standard would be used in all countries except England.


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